それぞれの決意

西尾 隆児 / Ryuji Nishio

憧れを、もう一度

秋田支店

1995年 入社/観光学科 卒

夢見る少年

少年時代から旅行というものに憧れを抱いていた。小学校の夏休みが明けると、友人は口をそろえて家族旅行のことを語った。それを聞いて私は、遠く知らない街や国を思い浮かべた。ただそれだけで楽しかった。「旅行に行きたい」と駄々をこねたことは一度もない。共働きの両親は自分のために一生懸命働いてくれていることを、幼心にも分かっていたから。でも、いつかは行ってみたい。多くの少年が野球選手やサッカー選手に対して抱くように、いつしか旅行を夢見るようになった――。冬になると辺り一帯が白銀の世界に包まれ、朝はダイヤモンドダストが輝く、そんな北海道の田舎町。私はそこで生まれ育った。

外ではボール遊び、家ではテレビを見たりゲームをしたりする、普通の少年時代を過ごした。中学生時代はバスケットボールに明け暮れ、高校からはバレーボールに熱中。高校卒業後は旅行に関連した資格を取得できる学校に進学した。理由は「旅行にたくさん行けそうだから」。何とも安直な考えだと我ながら恥ずかしくはあるものの、それほど幼少期の憧れが強かったのだと思う。在学中は勉強にいそしんだ。念願かない、卒業後はのちにジャルセールスとなる旅行会社に就職した。

キラキラした目

2011年、ジャルセールス札幌支店に配属。銀行や電力会社、食品メーカーといったさまざまな企業のお客さまに対して、国内線を主とした航空券の販売を担当した。地域交流・次世代育成の一環として、小学生を対象とした絵画コンテストも地方銀行と共同で開催。入賞されたお子さまは羽田空港工場見学へ招待した。私はそれらの計画から実施まで携わった。

格納庫に眠る航空機を見上げるお子さまたちのキラキラした目は、今でも鮮明に覚えている。工場見学を終え、一人のお子さまが私のもとへ駆け寄ってきて、こんなことを言った。「パイロットになるにはどうしたらいいですか?」。うまい返答はできなかったが、仕事を通して子どもたちに憧れを提供できることをうれしく思った。

その後、およそ4年間の東京本店勤務を経て、2016年に秋田支店へ。秋田支店は秋田空港発着路線の航空券の販売と、地域活性化を目的とした種々の活動を担う。中でも私が主担当として取り組んでいるのは、秋田県美郷町との交流である。美郷町はJALグループが初めて連携協力協定を締結した自治体だ。秋田県の南部に位置し、夏はラベンダーが咲き誇り、冬は700年以上の歴史を有する豊作祈願の火祭り「六郷のカマクラ」で活気づく。豊かな湧き水に恵まれ、「名水百選」にも認定された町である。

喜んでもらいたい。その一心で

美郷町との交流は多岐にわたる。清水の清掃活動をはじめ、植樹、高齢者宅および公共施設での除雪、保育園での折り紙ヒコーキ教室、ラベンダーまつりのPR活動。老若男女問わず地域の皆さまと触れ合う場をつくっている。中でも印象深いのは、連携協力協定5周年記念で開催した「空と飛行機の世界展」である。

航空に関する学びの場を提供したいという町の要望に応えるため、JALが蓄積するアーカイブズ史料の展示をはじめ、機長による講演や小学生向けの空育プログラムを実施した。会場のイメージは東京・羽田空港近くの「JALメインテナンスセンター」内にあるアーカイブズエリア。つまりこのプロジェクトは、東京で展示しているJALにまつわるアイテムの数々をまるごと美郷町に持ってきて、地域の皆さまに直接見ていただこうというJALグループ初の試みだった。

無事開催できるだろうか、お客さまに楽しんでいただけるだろうか……。前例がないだけに不安がつきまとう。手探りで少しずつ準備を進めていった。展示品の選定から会場のレイアウト、展示品の運搬調整にいたるまで、美郷町の担当者と打ち合わせを重ねる日々。「美郷町の皆さまに喜んでもらいたい」。その一心だった。

ゆるぎない憧れ

2018年7月。会場となった美郷町学友館には、多くの皆さまにご来場いただいた。JALの歴代制服や国際線ファーストクラスのシート、国際線第1便出発時に振られた日本国旗やマリリン・モンローの写真と直筆サイン、航空機のモデルプレーンなど。展示品の数々に、お客さまは興味津々のまなざしを注いでいた。とりわけお子さまの表情は、まるで異国の地に足を踏み入れたかのように、驚きや感動に満ちあふれていた。目をキラキラさせているお子さまたち……。ふと、私はそこに、自らの少年時代を重ね合わせた。

私も美郷町のような雪国の田舎町で生まれ育った。「旅行に行ってみたい」。そう胸に秘めて、遠く知らない街や国を夢見た。やがてその想いが芽を出し、花ひらき、現在はJALグループの一員として働いている。憧れだった旅行というものを、今度はお客さまに提供する立場にいるのだった。

目をキラキラさせているお子さまたち……。彼らを見て、ようやく自分の原動力となっているものに気づいた。「お子さまたちに憧れや思い出を与えたい」。思えば札幌支店時代も、秋田支店に勤務する今も、常にその想いが私を突き動かしたのだった。キラキラと輝く目を、はじける笑顔を、でっかい憧れを。これからもさまざまな活動を通じて、一つでも多く生み出していきたい。大人になった私がもう一度抱いた、ゆるぎない憧れである。

  • この内容は2020年2月時点のものです。

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