それぞれの決意

平安 常 / Jo Hirayasu

清々しい決心を抱いて

中部支社販売部 法人販売グループ

2015年 入社/
グローバル・メディア・スタディーズ学部 卒

まるで走馬灯のように

高く上がった打球を見つめ、メンバー全員が敗北を確信した。ベスト8をかけた神奈川県大会予選。その瞬間、甲子園出場の夢が絶たれたのだった。「走馬灯のように」とよく耳にするが、相手外野手のグローブにボールが収められるまでの数秒間は、まさしくその通りだった。小学校から野球を始め、無我夢中でバットを振り続けた。高校は甲子園常連校に入学。練習はとてもじゃないがつらかった。でも、寮生活をともにする仲間と励まし合い、何度も困難を乗り越えた。引退までレギュラーにはなれなかったが、練習で手を抜いたことは一度だってない。とにかく野球が大好きだった。

走馬灯のように蘇る“野球一筋”な日々――。あと少しのところでまぶたからあふれ出そうになるものを、必死にこらえた。悔しい。でも、後悔はない。後悔なんてないくらい3年間をやり抜いたのだ。かすんで見えるグラウンドで、選手たちが向かい合って礼をする。その瞬間、たまらなく清々しい気持ちになった。

カナダのバンクーバーで生まれ、10歳までアメリカのボストンで育った。現地のインターナショナルスクールに通い、さまざまな国籍の友達と触れ合う毎日。多様な価値観を持つ人と関わり合う楽しさを知った。その原風景は高校球児だった頃も、大学時代も色あせなかった。だからこそ就職活動に迷いはなかった。海外と接点を持ち、業界問わずさまざまな人と関わりたい。多くの人に異文化と触れ合う楽しさを知ってもらいたい。やりたいことが、ジャルセールスにはあった。

ゼロから決めていく不安

2016年10月、中部支社販売部に配属。私の役割は大きく二つある。一つは、一般企業や旅行会社のお客さまに対し、航空券の販売活動を行うこと。もう一つは、地域活性化に貢献すること。名古屋に所在する企業やスポーツ団体とともにイベントを企画し、地域を盛り上げていく。とりわけ後者はジャルセールスの支社において、非常に大きなミッションだった。

「日本航空Presents シーホース三河応援DAY」。2018年3月にプロバスケットボールリーグ・Bリーグに所属するシーホース三河とJALが共同で開催したイベントである。その企画・運営を一手に任されたのは、配属されてまだ間もない頃だった。「やってみないか」と上司に尋ねられ、二つ返事で「やります」と答えた。

しかし、当時は具体的にどのようなイベントを催すのか、方向性がまったく決まっていない状況。「スポーツを通じて、地域の皆さまにJALに親しみを持っていただく」というテーマはあるものの、具体的なことはゼロから自分で決めていかなければならない。何より不安だったのは、名古屋、ひいては中部地区でのこうした取り組みは今回が初めてであること。手取り足取り教えてくれる上司や先輩は一人もいない。何から始めればいいのか、まったく分からなかった。

大切な道のり

高校時代の名残なのだろう。何かにつまずきそうになったとき、心のよりどころとしているものがある。それは「仲間」だ。野球部のときもそうだった。一人では困難なことも、仲間がいるから乗り越えることができた。まずは同期、先輩と周囲に声をかけていく。自分の仕事があるにもかかわらず、皆が快く引き受けてくれた。

「スポーツを通じて、地域の皆さまにJALに親しみを持っていただく」。そのためにJALの一員として何ができるのか。仲間と膝を突き合わせて議論を重ねる。単にJALがスポーツに関わるのであれば、ユニホームにJALのロゴを入れてもらえば済んでしまう。しかし、それでは親しみを持っていただくことにはならない。行き着いた一つの答えは、「お客さまと直接触れ合う」こと。手作り感が満載でもいい。完璧でなくてもいい。私たちJALの社員が表に出て直接あいさつして、お話をして、何より笑顔でいること。遠回りかもしれないが、一人でも多くのお客さまにJALのファンになっていただくために歩むべき、大切な道のりであると考えた。

方向性が決まれば、あとは突き進むのみ。本社の宣伝部やオリンピック・パラリンピック推進部を訪ね、イベント開催に関するアドバイスをもらう。自社、あるいは自社に関係のない組織のスポーツイベントにも足を運んだ。シーホース三河の担当者とも打ち合わせを重ね、意見を出し合った。このプロジェクトが、さまざまな人たちの協力を得ながら、少しずつ形になっていく。かつての不安は、いつしか大きなやりがいへと変わった。

仲間とともに突き進む

2018年3月11日。シーホース三河の拠点である「ウィングアリーナ刈谷」。開場時刻になると、次々にお客さまが来場された。その数、およそ2800人。私は入り口で迎え、JAL特製のノベルティなどを配った。楽しそうにはしゃぐお子さまや、それを見て微笑んでいるご両親、シーホース三河のファンの方々、会場は見る見るうちに笑顔と笑い声に彩られていく。

JALの制服着用体験、客室乗務員歴代制服ショー&フリースロー大会、パラリンピック正式種目の一つであるボッチャ体験教室、折り紙ヒコーキ大会。この日のために必死になって考えた数々のイベントは、想像以上の盛り上がりを見せた。そして、メインイベントである「シーホース三河vs. レバンガ北海道」のスペシャルマッチ。そこかしこで湧き上がる声援に、私はこのイベントの成功を確信した。

折り紙ヒコーキ大会では、30人のお子さまにご参加いただいた。手製の紙ヒコーキを飛ばし、飛行距離を競う。バスケットコートの中央にお子さまたちが一列に並んだ。やがて、開始の笛が鳴る。次々と手から放たれる30の紙ヒコーキ。あるものはまっすぐに、あるものは曲がりくねって飛んでいく――。その数秒間、この日ために奔走した日々が、頭の中を走馬灯のように駆けめぐった。次々と目に浮かぶ仲間の真剣なまなざし。そして私は思うのだった。ジャルセールスの仕事のすべては、お客さまのためにある。それはこれからもずっとゆるがない。しかし、私の原動力になっているものは、それだけではなかった。「仲間とともにやり抜くこと」。全速力で駆け抜けたあの青春の日々のように、これからも仲間とともに突き進んでいきたい。紙ヒコーキが飛んでいく、その清々しい風景は、ふとそんな決心をもたらしてくれた。

  • この内容は2020年2月時点のものです。

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